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ゲームマーケット2017秋体験記(後編)

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 大雑把な話は前編でしたので今回はちょっと踏み込んだ話を。




・一般商業ゲームにはご用心!値段はまちまち

 先行販売されるゲームは「定価通り」である場合が少なくなく、アマゾンや駿河屋などの方が値引きがあってお値打ちだったりします。
 目に入ったからと言って飛び付かずに、吟味した方が得。

マンション・オブ・マッドネス第2版 完全日本語版
*例えばMOM第2版は一時期品切れプレミア化で4万円台まで高騰してましたが、現地では定価の14,000円程度で買えました。ところがこれを書いている時点ではアマゾンで1万円ちょいで新品買えます。
 似たような例は他にも沢山。


 とはいえ、幾ら事前に予約を入れていても「予約キャンセル」になったりすることもあるので、「確実に手に入れたい」のならばその場で買うのは当然あり。

 あと、一応「発売日前」に手に入ったりはするというメリットはあります。


・かと思うと同人ゲームは貴重?

 逆に同人ゲームは一般的な流通網に乗らないことも少なくないため、マーケットプレイスなどでプレミア付きの価格でしか手に入らないのに、目の前で定価で売っていたりします。


*俺ケツのガルパンコラボ版。見ての通り通販サイトだとプレミアついて6,000円台になってますが、現地だと定価の4,500円で普通に買えました。

 ということは基本的にはゲームマーケットは同人ゲームを買うための場であって、商業ゲームが買えるのはオマケであると考えた方がよさそう。

 とはいえ、何事にも例外はあるのでいざ買う時は慎重に。

 それこそ、その日買って帰って、その日しか遊べない遠隔地の友人と楽しむことが出来た…なんてことがあるなら「倍」出しても惜しくは無いでしょう。割とマジで。

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*現地で撮影OKだった新商品展示ブースのマジェスティ。


・同人ゲーム徒然草

 ゲームマーケットは2回目の体験ですが、徐々に見えてきたことがあります。

 それは商業ゲームと同人ゲームの違い。「格差」ともいいます。

 基本的には商業ゲームは大資本が大量生産していますから、品質もよく安価。
 同人ゲームはその逆で、品質に難があり、割高。

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*商業作品らしく物量で攻めてくる典型的なゲーム「サイズ - 大鎌戦役 -」。当たり前ですが、同人ゲームでたった1万円でこれだけのコンポーネントを同梱出来るわけもありません。
サイズ - 大鎌戦役 - 完全日本語版

 …まあ、こんなイメージです。
 その認識は概(おおむ)ね間違ってはいないです。
 ただ、それ以外の要素も多く感じました。


*コンポーネントの視認性が悪いものがある

 多くの同人ゲームはプレイしている様子を眺めながら通り過ぎただけではあるのですが、その中で気付いたこと。

 カードそのものが非常に小さいのにテキストがびっしり書かれていたりして、視認性に難があるものがちらほら見受けられました。

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*噂のクトゥルフウォーズの彩色版。どうせ3万円の時点で選ばれた(爆)ゲーマーしか買わないんだから4万円とかで彩色版売っては?



 せめて文字はある程度の大きさにすべきでしょう。
 何でもかんでもアイコンなどの記号にすればいいと言う訳ではないとは思いますが、記号を使うのもありだと思います。

 また、恐らく違うカードなのでしょうけど暖色或いは寒色くらいの大雑把な差はあっても非常に似通った色と絵柄だったりするものもあり、しかも小さなカードとなると中々厳しいです。


*ある程度の情報量は無いと「ゲームならではのお得体験」にはなりにくいかも

 誰しも思い浮かべる…どころか、下手すると余りにもありふれていて「アナログゲーム」とすら意識されていないそれに「トランプ」があります。



 これを「トランプ」と呼ぶのは日本だけだそうで、海外では「プレイングカード」或いはただ「カード」と呼ぶそうです。なので、あの濃いキャラの某国大統領も「トランプだけに~」とかのジョークに出来ると思ってるのも日本人だけなんだとか。

トランプ

 ともあれこの記事の中では「トランプ」で通します。

 非常に便利な「バックプリント共通の52(53)種類のカード」であるため、ゲーム以外にもランダマイザ(ランダム関数発生装置)や占いなど用途も多数。
 また、全ての目の総合計が「364」と一年の日数「365(366)」に非常に近いため日付けを数えるのにも(頑張れば)使えるとか何とか。

 当然、ゲームにも使えて皆さんご存じの「ババ抜き」や「七並べ」「ポーカー」「ブリッジ」などなど。星の数ほどゲームが存在します。

トランプゲーム大全

 私なんぞ、大抵のゲームはトランプで再現が可能なんじゃないか?疑惑まで持っているくらいで、実際コンテンツとして展開しておりますので興味のある方はどうぞ。

 …ただ、当然と言えば当然のことながらトランプは「視認性」が第一で、言い換えれば「数字と記号だけの無味乾燥」なコンポーネントです。

 まあ、それはそうでしょう。
 ギャンブル映画で一生を揺るがす大金を掛けたここ一番で引いてきたカードに美少女の絵が描かれていたんでは興ざめです。視認性が第一。

ラウンダーズ [Blu-ray]

 逆に言うと、競技でなく娯楽…たるオリジナルゲームである…ならば「ここの情報量」はある程度欲しいです。

 私はゴリゴリのメカニクス派で、「ゲームにテーマなんかいらん」くらいのことは言っているんですが、その私でも流石に一色に塗りつぶされたペラペラの小さな紙に「〇」や「×」などの「記号だけ」のカードばかりがずらりと手札に溢れている光景はちと寂しいものがあります。

 何らかのテーマを設けて「土」「木」「鉄」とかにするとか、ある程度の情報量は欲しいところ。

 それらの「同人ゲーム」とて、きっとプレイしてみれば「ゲームとしては面白い」んだと思うんです。しかし、流石に寂しい。

 「宝石の煌き」の各種カードのイラストはルールには何の影響もありませんが、トランプやってんじゃないんだからあれくらいの楽しみは欲しいところです。



 今回は初めて端から端まで全部見て回ったこともあってか、「記号のみカード」みたいなゲームがかなり目につきました。

 とはいえ、ぶっちゃけ私も似たようなことやってんですけどね…。


*カードはともかく「ボード」には凝った方がいいのかも…

 「カード+ボード」形式のゲームは相変わらず隆盛を誇っています。

 ただ、いい年こいた大人がある程度の手間と暇…貴重な人生のリソース…割と大袈裟でなく…を捧(ささ)げてゲームをするんですからどうにかゲームとして「おもてなし」したいところ。

 カードは枚数もきっと多く、紙質や印刷、絵柄やデザインなどクオリティにこだわろうと思ったらかなりの程度全体の価格を押し上げることになるでしょう。

 ただ、「ボード」はゲームに一点ものです。

 そして、恐らくは最初から最後まで眺めつづけることになるものです。

 なので、ここに大いに拘(こだわ)るのはありなんじゃないかと思います。

 きっと掛けた製作コストに対して効率がいいのではないかと。

 きちんと厚紙を使用し、CGでもイラストでも…それこそ写真のコラージュとかでもいいので重厚かつ見ごたえのあるものであってほしいなと。

 「ドミニオン」や「宝石の煌き」みたいにボードそのものを使用しないとか、「カタン」「カルカソンヌ」の様にタイルそのものであるとかもありますが。

 ただ、割とあちこちで見かけた「ただラインが引いてあるだけ」同然のボードは流石にちょっと萎えます。

 しかもそれが恐らくはコスト削減のためなのかぺらっぺらの紙に印刷されたものだったりします。

 折り目が伸ばし切れずにぼこぼこに盛り上がったその上に、恐らくこちらも薄い紙性のコマを並べている風景は正に「ザ・同人ゲーム」の趣。

 まるで「小学〇年生」の付録についていた「新春おたのしみスゴロク」です。

 「商業ゲームにだって貧相なボードはある」とか「コンポーネントのこと言うならチーパスの方がもっと安っぽい」とかそういうことを言ってるんじゃありません。
 「切りぬいたうっすい紙制のコンポーネントなんてウォーゲームなら当たり前」とかそういう意見もあるでしょう。

 しかし…言いたいことはお分かり頂けますよね?

 唯一ボードだけでいいので厚紙で情報量たっぷりのそれにするだけでかなり違うんじゃないかと申し上げている訳です。はい。自戒を込めてね。


*コンポーネント細かすぎ問題

 白状しちゃいますと、「ゲームマスタリーマガジン」で募集していた「ボード・カードゲームコンテスト」に応募してました。

ゲームマスタリーマガジン Vol.1

 当日の帰りの電車の中で「一次選考通過者」の中に名前が無いことを確認してがっくりしたところです。

 負け惜しみを言いますが、グループSNEさんはやっぱり基本的にはTRPGの団体であって、ゲームもストーリー性のある本格的なものを志向されていたのではないかと思います。

 私の応募したゲームは「ボード」「カード(手札兼フィールド)」「マーカー兼スコアカウンタ」のたった3種類のコンポーネントしかありません。
 物凄くシンプル。つまりお気軽ゲーム寄りでした。

 何しろ基本はトランプカードで再現出来たゲームを独自コンポーネントにしているだけなので増えようがないのです。

 確かに単純です。が、ちゃんと考えどころも戦略もインタラクションもある遊べるゲームになっている自信はあったんですけどね…。

 仕方が無いのでその内独自に同人ゲームにして売り出そうと思ってますが、それはともかく個人的には独自コンポーネントの「種類」は「数が増えれば増えるほどゲームとしての難易度は上がる」と思ってます。

 1つにつき倍ですね。

 トランプゲームは大抵はトランプカードしか使いません。仮にここに「お金」の概念が加わったとすると難易度は倍になります。

モンテカルロ 13.5g ポーカーチップ 10種類 50枚セット

 ポーカーなど「賭ける」ためのお金ではなくて、それこそゲーム内で使えるサブゲージとしての「お金」と言う意味ですね。

 仮に「ババ抜き」で「お金」の概念があったとすると、単なるババの押し付け合いでは終わらなくなります。

 「5金払って相手の手札を1枚見ることが出来る」とか「10金払ってババを押し付けられる」とかの概念が入ってくるともう違うゲームでしょ?

 これが「難易度(というか「考えること」)が倍になる」の意味。だってそうなると、単なるカードの回し合いだけではなく「どうやってお金を得るか?」と考えるところが増えてしまいますからね。

 ここに更に「資源」とかいう別のサブゲージが入ってくると更に難易度は跳ね上がります。更に倍になるので、トランプカードだけだった状態から考えると「4倍」の難易度になっていることになります。

 この「難易度」が適正であるならばゲームに深みが生まれると思います(面白くなると完全にイコールではない)。

 面白くはあるけどある意味無味乾燥な数字と記号の集合体でしかない「トランプ」や「UNO」しかやったことが無かったプレイヤーが「カタン」に初めて触れて物凄く感動するというのは伊達ではないと思います。



 私も確かに初めてプレイした時は余りのイメージの豊かさに打ちのめされたことを覚えています。


 ただ、「コンポーネントが一つ増えるとゲームの難易度は倍になる」と勝手に思っていることもあって、私はゲームをデザインする際はとにかくコンポーネントを少なくしようとか、あれとこれは実質的に一緒だからまとめちゃおうとかそんなことばかり考えています。

 なんだけど、ふらっと見た中では、四角が沢山あるようなフィールド分けの直線しか書かれていない「ぺなぺなの折れた紙」の上にペナペナのカードを並べ、3種類の小さな紙製のチップが束になっていて…みたいなゲームが結構ありました。

 大きなお世話かもしれませんが明らかに要素が多すぎです。

 案の定ゲームシステムが長考を誘発するらしく、対戦相手は待ち疲れて退屈しているのかあらぬ方向を向いています。

 これはゲームデザインの話であって、同人云々は余り関係ないと言う言い方も出来ますが「プレイテスト不足」であるのは明らかでしょう。

 つまり「資源の差」が出ている訳です。時間とか、人手とか。

 本格的…要するに時間が掛かる…ゲームであればあるほどコンポーネントを眺めている時間も長くなるわけで、そこで簡単には掘り尽くせないだけの情報量(本格的なフィギュアだとか精緻なイラストだとか)を持っていないと

「期待値に印象が負け」

ます。
 要は「貧相に見える」訳です。

 といっても、投入できるコストが限られる同人ゲームにあってはそこをゴージャスにするのは難しい。
 ならば「軽量級」か、せいぜい「中量級」までのゲームにする、かそれこそ「一点豪華主義でボードだけは立派にする」といった「奇襲攻撃」が求められるのではないでしょうか。


*パッケージ買いは危険?

 ただ、この点だけは唸るほど流石だったのが「箱絵の立派さ」。

 多くのゲームは、…それこそ敢えての記号的シンプルさを狙ったゲーム以外…は非常に魅力的な箱絵が多かった印象です。

 これは「魅力的な表紙」でお客を吊るコミケの同人誌と全く同じ論理です。

 ただ、ブースに誇らしげに掲げられている魅力的なイラストに引かれていざ試遊卓に行ってみると…これがあのゲームなの?…と思うこともしばしば。

 もっともこれは商業ゲームにもかなりの程度言えることですが。ウォーゲームなんて特にそうで、渋いおっさんやら格好いい戦闘機やら戦車やらが勇壮に並んでいるゲームの蓋を開けると六角形が延々並んだボードだけがあったりとかね。
 
 少なくとも「ゲーム」である以上、最低でも誰かがプレイしているところを見て、可能ならばプレイしてみてから買いたいものですね。


・デザイナーワナビーとしてはどうだったか

 流石にいくら私が図々しいといっても偉そうに妄想駄文垂れ流しているだけのチンピラがゲームデザイナーでございなんてことは言いません。

 言いませんが、考えていることだけは事実。まあ、考えるだけならサルでも出来るんですが。

 かなりのゲームを遊ばせてもらったんですが、それこそ「自分でゲームを考えよう」としている人なんて星の数ほどいたんだなあ…というのがまず第一印象。

 何でも、これだけ「素人が自作ゲームを作って発表して、売っている」日本と言う国はかなり異端なのだそうです。
 本家のドイツなどでも余り無い現象なのだそうで。

 極端なことを言えば、考えている間は常に「自分のゲームがこの世で一番面白い」くらいには思い込んで作ってはいます。
 「こんな画期的なことを思いついた奴はいないだろう」とかね。

 ところが今回、かなりの数「自分とほぼ同じことを考えている人がいた」ことに気付いてしまいました。

 これは「オレの方が先に思いついていた」という自慢をしたいとかじゃなくて、「思考の方向性って似て来るんだなあ」という程度のこと。

 例えば「アブストラクトにおいて、先手後手の有利不利を無くすため、記号のオーナーシップを無くし、先に条件を達成した者の勝利とする」アイデアとかね。
 これは「クアルト」を思い出していただければと。

ギガミック (Gigamic) クアルト!・ミニ (Quarto! mini) [正規輸入品] ボードゲーム

 つまり、自分一人で勝手に「画期的なアイデアだ」と思い込んでいた数々のアイデアも、「誰でも思いつく」レベルのそれでしかなかったということです。

 しかしまあ、これで落ち込んだかと言うと特に落ち込んだりはしないですね。

 それこそ私が10代の若者で、ゲームデザイン以外に生きる道が無い!と思い込んでいたりすれば落ち込みもするんでしょう。しかし、そんなにピュアではないので(爆)。

 これはあれですよ。

 「ミステリー小説を書くのが趣味」みたいな主婦とか「SF小説を書くのが好き」なサラリーマンとか、たまにいるじゃないですか。あんな感じなんじゃないかと。

プチクリ!―好き=才能!

 そこには上手い下手は関係ないんですよ。誰もがプロになってデビューして売れっ子になるために小説書いてるわけじゃありません。でなきゃ「なろう」にあんなに膨大な数の小説が殺到しないでしょ。

〈小説家になろう〉で書こう (モーニングスターブックス)

 つまり「ゲームを作るのが好き」な会社員な訳ですよ。

 中にはいてもいいんじゃないですかね。「ゲームをプレイする」ことよりも「ゲームを作る」ことが好きで、趣味としてシコシコやってる人間とかがいても。

 俗にコミケは黒字を出しているサークルは全体の2割程度で、8割は赤字なのだと言います。

 儲けることが目的なら同じ時間で漫画を描いたり、小説を書いたりしている間にバイトしていた方が稼げます。
 じゃあなんでお金を払ってまでそんなことをしているかと言えばそれは楽しいからでしょう。純粋に「趣味」というわけ。

 極端なことを言えば、誰にも遊んでもらえなくても作っただけで満足するところまで行くかも。もっと言えば作る事すらせず、脳内で考えているだけで楽しくてしょうがないところまで到達しちゃったりして。

 …まあ、それは冗談ですが。


・まとめ

 ただ、これだけたくさんの人が「創作活動」そのものが好きであるこの国の底力を見た気がしました。

 とにかく沢山作り出した中から傑作は生まれてくると思います。

コミックマーケット 93 カタログ

 繰り返しになりますが、売っているものが「ゲーム」なので「その場で遊ぶ」事が可能なイベントとしてコミケよりもずっと一般の方々にオススメ出来ると思います。

 コミケが話題になった時、「何だか分からないけど楽しそうだ」といざ会場に来てみた一般人の方々が、膨大な人数が移動し続けるだけで特に案内も何も無い会場の中で佇んで「で、ボクは何をすればいいんですか?」と尋ねた…という笑い話があります。

コミックマーケット 93 DVD-ROM カタログ

 同人誌即売会…それもコミケ規模…となると、カタログも無く、ということはサークルチェックもせず、何より目的も無いままふらっとやってきてどうにかなるイベントではありません。

 ところが、恐らく「ゲームマーケット」だったら何とかなっちゃうんですよ。

 試遊卓はそこいら中にあるし、「やってみませんか?」とフレンドリーに話しかけてくる。

 館内放送ではリアル脱出ゲームの告知をしてるし、まだまだ同人スペースと企業スペースの境目も曖昧なので、適当に歩いていると同じフロアで商業作品の物販に突き当たるし。

 当方は田舎住まいなので、「一年前から計画して貯金」しないとゲームマーケットになんか来られませんけど、都会にお住いの方々ならばあれば簡単に来られるでしょう。

 どうしてもコミケことコミックマーケットのイメージを引きずっていて、「同人誌即売会」ならぬ「同人ゲーム即売会」だと思ってしまっていました。
 または「ボードゲームフリーマーケット」だと思っていました。というよりどちらかというとそっちから始まったみたいですね。

 しかし、このイベントは遊べます。

 きっとその内「買い物」じゃなくて「遊びに来る」イベントになるか、或いは「入場料払って遊びに行く」イベントに分化していくんじゃないかと思います。買い物はそのついで。

 コミケもコスプレ写真を撮ったり、コスプレをしに来るのがメインで同人誌なんて一冊も買わないで帰る人も大勢いるそうですが、正にそんな感じ。

 結構多いのが企業ブース目当て。
 何度目かのコミケで、目当ての同人誌を回り終えて企業ブースの近くで休憩を取っているとこんな声が聞こえてきました。
「他の参加者の奴らってさ、わざわざコミケに来て、同人誌買っていくなんて何を考えてるんだろう?」
 …余りの認識の違いに頭がくらくらしました。きっとこの日もなのは完売したんでしょう。

 閑話休題。

 「ボードゲームを買うのではなくて、遊ぶことに特化したイベント」と言う意味では一応確かに現在のオープン会がそうともいえるし、ボードゲームカフェは毎日それやってるとも言えます。

 でも、あれだけ広くて天井の高い会場でやることに意義があるんじゃないかと。

 ボドゲカフェではステージイベントは出来ないでしょ。アイドルのライブとかも。

 毎週は無理でも毎月、いや隔月でいいのでもっと頻繁に「ゲームマーケット」は開くべきでしょう。

 現在でも年に3回行われています。ゲームマーケット以外も2~3は開催される様になってきたので、合計すると遠からぬ内に「月に一度は日本のどこかで行われている」ことになるかもしれません。

 色んなことを言う人がいますが、日本のアナログゲーム業界はまだまだ前途洋洋じゃないかと。


















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